お客様のお父様に戦時中の頃の・・・
話を教えていただきました・・・
子供の頃NTT(電電公社)の近くに・・・
住んでいたとそうです・・・
西の方の空から米軍のグラマンが・・・
電電公社を爆撃に来たと話してました・・・
あまり攻撃が凄いので周りの民家は・・・
疎開させられたと言ってました・・・
お客様が住んでいた地域は・・・
疎開を免れたそうです・・・
パルプが爆撃された時周辺に煙が・・・
たちこめ真っ白だったと・・・
私が子供の頃煙突に爆弾が落ちたと・・・
聞いた話です・・・
米軍のB29は偵察機・グラマンは攻撃機・・・
攻撃されたのは駅・電電公社・パルプ・合同酒精・・・・
第二師団の練兵場には飛行機がなく・・・
木で作った飛行機を攻撃していったと・・・
話してくれました・・・
終戦の日にラジオの前に集まるように言われ・・・
何かおいしい物でも貰えるのかと思ったそうです・・・
ラジオが聞きづらく周りの人と父親が泣いていたので・・・
日本が負けたことを知ったそうです・・・
戦時中軍は何の情報も教えず都合の悪い事は・・・
隠したのです・・・
昔も今もその姿勢は変わらないのです・・・
どんな時代でも泣くのはいつも弱い国民です・・・
私も日本人としての誇りを持っていました・・・
地震のあった何日後からは・・・
誇りを持てなくなりました・・・
自然災害は別として・・・
放射能汚染は許されません・・・
関係者は想定外だと言ってました・・・
想定外を想定して創らないと・・・
大変な事態になるのです・・・!
本当に悲しい出来事です・・・!
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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